引き金のはなし

 

深刻なトラウマやPTSDを持つ方たちは、何らかの『引き金』がひかれることによってフラッシュバックを招くことがあるという。その『引き金』は様々で予測不能と聞く。

 

車のけたたましいクラクションや犬の鳴き声、チカチカする電球、何かの匂いや顔に布がかかった時・・・・「こ、これはあの時の・・・」と考えるよりも早くカラダが反応してしまったり、記憶にすらないことなのになぜかカラダだけが反応して思い出させてくれたり(迷惑なことに)。

 

こういった深刻な話でなくとも、長くヨガをやっていると、『何かの引き金』がひかれてしまうことってたまにあって、私も以前、シャバーサナ中に手が震えだし呼吸が苦しくなり、みぞおちがギュウッとして吐き気がしたり、普通にアーサナやってる最中に突然涙がこみあげてきたことがある。

 

そのクラスは、先生(男性・外国人)がアーサナの最中に哲学的な話をされるためHOLDが長く、まるで心のほうもアーサナをする感じだった。BODYとMINDの両方にグーッと効いてくる上に、座位の前屈のバリエーションをやる内容。

 

そもそも私は座位の前屈が苦手。お腹の力を抜くよう意識をすればするほど固く緊張し、ギュッと力が入ってしまう。リストラティブヨガでも最初の頃はぜんぜん力が抜けなかったくらい「抜くこと」があまり得意ではない。

 

ヤバイな・・・となんとか気をそらしてたんだけど、先生の話がスイッと胸に落ちてきた瞬間ブワーッと涙が飛びでて、自分でも引くくらいの泣きっぷりに慌ててポーズを抜け、トイレで小休憩をしてやり過ごした。

 

こーゆーことが起こると心身グッタリ疲れる。自分が一番ビックリするし、混乱するし、恥ずかしい。座位の前屈をクラスで練習することに躊躇するようになったし、家での練習でももの哀しいような、自己憐憫的な思いがしてしばらく楽しくなかった。

 

こんなことはできれば避けたい。けど避けようがない。

 

それよりさらに前に、ケイコ先生のクラスでも似たようなことが起こったんだけど、先生は冷静かつ現実的な対処をしてくださり、混乱しつつも「恥ずかしいなあ」と外に意識を向けてガマンしやり過ごそうと頑張る私に、「なんでもないことだ」という風に普通に接してくれてありがたかった。

 

カモミールティーを飲むと落ち着くわよ」と言われさっそく帰って飲んだんだけど、これは確かに効果バツグンだった!ハーブティー、あなどれん!

 

なぜそんなことが起こるのか、理由はわからない。わからないまま放置してる。なんだかわからないことを無理やり解決させず、『よくわからない箱』にホイッと放りこんでとっぷり忘れることができるのが私の強み(オムツが濡れても気にせず寝続ける赤ちゃんだった影響とか?つーかただの鈍感??)。

 

もし私のクラスで生徒さんの『引き金』がひかれることがあるなら、私はただただ静かに見守ろうと思う。生徒さんがやりたいようにふるまってもらおうと思う。そして混乱と疲労がおさまったころ、「一杯どお?」と飲み屋のママか?ってノリでカモミールティーを差しだせればいいなあ。

 

『引き金』がひかれることを恐れて身構えることなく、「ドバッと浄化したいもんですわ~」とウキウキ期待するでもなく、「そんなこともあるかもね~」くらいの気持ちで受け容れていきましょ(カモミールティーも常備しましょ)。