シカシカ婆さんとの夜

 

先日、五反田のワイルドサイド(風俗街)で目の不自由なお婆さんと出会った。

 

その辺りは車通りは少ないものの夜は暗い。歩く方向が一緒だったこともあり、「何かお手伝いできますか?」と声をかけた。

 

青森から来てるというお婆さんは、数百メートル歩いた先の大通り沿いのホテルに戻るとこだと。ちょっと遠回りだけど時間もあったのでお連れすることにした。でも、

 

旅行?

なんでこんなディープエリアに?

夜にひとりで?

80歳前後かな?

 

少し不思議に思いつつ、お婆さんは右手に杖を持っていたので、わたしは彼女の左側に立ち、右肘を差し出して歩き始めた。途端に問題に気付いた。

 

あ、聞こえないわ!

 

お婆さんの声が小さいとか訛りがわからんとかそーゆーことではなく、お婆さん側のわたしの耳、つまりわたしの右耳、聞こえてなかったんですねこの時期。全く。

 

今は快方に向かっててだいぶ聞こえるようになってきたんだけど、年末から「体調不良の宝石箱やで~」な状態になり、ついに元旦の朝から右耳が聞こえなくなったんですね。

 

滲出性急性中耳炎というヤツだったんだけど、最初の耳鼻科でなぜか原因が特定できず、心因性じゃないか?長引くかも、など言われ、ホントに全然聞こえなくて、かなり落ち込んでいた時期にこのお婆さんに会ったわけ。

 

「いやー、東京はー、〇%$9k3◾️8ぐSでー、」

 

いやわからん。

聞こえん。

 

これじゃお手伝いにならないので、「すみません、わたし右耳が聞こえなくて」と伝えたら、

 

「まあ、わたしは見えないけどアナタは聞こえないんだー」

 

と大きめにはっきり言われた。 

よく聞こえたw

 

「そうですかそうですか、それじゃあ手をつなぎましょう」とお婆さん。

 

え、なんで?

 

ってか立ち位置そのままだったら聞こえないの変わらないんだけどな・・・と思ったけどグイッとやや強引に手をつなぐことに。そらもう壁ドン!の勢いで手グイ!っと。

 

しかも、

 

お婆さんの手がもう非常識!ってくらいメチャ熱だったんです。ホッカイロ握ってた?ってくらい。発熱装置なの?ってくらい。

 

わたしも手のひらは熱いんだけど、そのわたしが「手ぇあっつー!」って驚愕しましたからね。冷え性の人にとっては神と崇められてもイイくらいの温度。

 

※以降の会話は訛りを(宮崎/青森)省略して再現

 

婆:ご実家どちら?

私:宮崎です、九州の

婆:そうですかそうですか、切干大根が美味しいわね。

私:美味しいですね。いらっしゃったことはありますか?

婆:ないわ、アナタ青森には?

私:ないです、でもリンゴが好きです

婆:体にもいいしね。わたしも果物はなんでも好き。

 

ゆっくり丁寧に歩いて、ゆっくり丁寧に喋った(聞こえない&訛ってるから)。

 

見えないお婆さんと聞こえないオンナ、その会話のたわいも無さ(あるいは中身のなさ)、夜の風俗街、ネオンと客引き・・・ぐらぐらとデビッド・リンチ的な歪みを感じた。


たとえ不謹慎だと言われようとも、その陰影の中でとてつもないリアリティを感じていた。安心しきりの日常にふと姿を現わす不思議な入り口。何か意味ありげで、でも何もない。少し居心地が悪く奇妙だけどいつも通りの現実の瞬間(ってか不謹慎さってなんだ?!)

 

婆:でもマンゴーはだめ、のどがシカシカして。モンキーバナナもだめ。

私:シカシカ?

婆:宮崎産マンゴー。食べた途端にシカシカして。

私:はー、シカシカしましたか

 

てくてく手をつないで歩くわたし達。

 

婆:石を身に着けてるでしょ?

私:石?わたし?ああ、はい、パワーストーンですかね?

婆:そうですそうです。なんて石?

私:ルチルクォーツとブルームーンストーンです。ご存じですか?

婆:なるほど、そうですかそうですか、良い石、あなたにピッタリ

私:はあ、どうも

 

面白いお婆さんだなぁーと思いつつ、でもわたしはお婆さんの声と言葉を聞きとるのに一生懸命で、文字にするとなんでもない会話にもずいぶん時間がかかる始末。たくさんは話せない。手は相変わらずアツアツ。

 

私:これ渡ったらもうホテルですよ。

婆:そうですかそうですか。

私:あの、手が温かいですね。熱いというか。すごく熱いというか。

婆:そうなの、でもあなたも同じ、同類よ、熱くて強い、仲間ね

私:はあ、そうですね

婆:耳はじき聞こえるようになるわ。不自由仲間にならずよかったわね、あはは。

私:あはは、どうも。

 

ホテルに到着してロビーに入るとスタッフがすっとんできて、「お帰りお待ちしてました、ご案内いたします」と。ここでわたしの役目は終了。

 

私:じゃあわたしはこれで

婆:ありがとう。お礼にお茶でもご馳走したいんだけど、どうも違うのよね

私:・・・(「どうも違うのよね」って言ったか?)

婆:お別れの握手をしましょう

私:良いご旅行を

 

握り返したお婆さんの手が今度はひどく冷たくて、「あれ?」と思っていたら、

 

「温かい手をありがとう。強い力と青い眼、不器用な愛情の主。結構な事よ。また何処かで。」

 

そう言ってお婆さんはスタッフと去っていった。

 

お婆さん、ホテルマンとは手をつながないのか。「お礼したいけどどうも違う」って?聞き違い?青い眼?


握った手の冷たさを感じながらボーッと見送った。

 

その後、別の耳鼻科でようやく難聴の原因が特定でき、外科治療の通院と服用で少しずつ聞こえるように。よかったよかった。

 

「これ(聴力の回復)ってシカシカ婆さんの予言通り?必然の出会い?あのお方は誰?賢者?」

 

などと浮かれるご都合主義のスピ系でもなく(わたしは現実主義)、またこの手の話はさほど珍しくもないんだけど、でも不思議で面白かったので(そのうち絶対忘れるので)、雑記として残すことにしました。


たぶん「青い眼」も聞き違いなんだろうけど、とりあえずそのまま書き残すことに。

 

ところで「シカシカ」って青森独特の表現なんでしょうかね?