スーツケース
何回読み返したか・・・
- 作者: アントニオタブッキ,Antonio Tabucchi,須賀敦子
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1993/10
- メディア: 新書
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ボンベイ(ムンバイ)→マドラス(チェンナイ)→バンガロール→ゴア・・・不眠の本であり、「いちおう旅の本でもある」と著者は言う。
主人公が滞在したホテルのアドレスも記載されてるんだけど、とはいえガイドブック的に活用する人はいるまい・・・とも著者は言う。
なぜならこれは「人探しの旅」だから。
主人公は行方不明になった友人を探すためにインドに導かれ、不思議な体験をし、やがてひとつの(驚きの)結末にたどりつく。
※amazonレビューはネタバレするのでご注意
完成度の高いミステリーであり、インドフィルターを通した「生老病死」とそれを超えた精神性、現実(貧困や階級差別)が描かれた西洋人視点での旅するインド。
旅するインド本なんて山ほどあるんだけど、私はこの本がとくに好き。陰影や闇の深さを感じさせられて不思議。とくに夜に読むのが好きで、昼の光で読むよりしっくりくる。狙い通り不眠にもなる。
設定はインドなんだけど、どこかもっと遠くを旅したキブンになる。距離としての遠さ、キブンとしての遠さ。もちろんまたインドに行きたくなるんだけど。
物語で、マドラスに向かう主人公はひとりのインド人に話しかけられる。
「この肉体の中で、われわれはいったいなにをしてるのですか。」
なんの脈略もなく突然話しかけられ面食らいつつも、「これに入って、旅をしているのではないでしょうか。」と答える。
「肉体のことです。鞄みたいなものではないでしょうか。我々は自分で自分を運んでいる。」と主人公はあらためて答える。
以前、インド人のヨガの先生のクラスで同じことを聞いた。私たちは新品のスーツケース(肉体)を持って生まれてきた。使い方も、手入れも、使い手しだいだ、と。
スーツケースはなんですか?
スーツケースはアナタですか?
アナタは誰ですか?・・・と哲学の講義は続いたんだけど、最中にこの本を思い出した。
ヨガでは肉体を「寺院」、アーサナを「祈り」と例えたりもするんだけど、旅をする、移動をする、という意味ではスーツケースの喩えがしっくりくるかもしれない。いずれも「住処」や「容れ物」であって、主(あるじ)ではないというのが共通の定義。
で、物語の中で主人公に問いかけてきたインド人は、ヒンズー教の聖地ヴァナラシ(ベナレス)に「死にに行くのです」という。
「こうしてお会いした姿では、もうお目にかかることはないでしょう。このスーツケースではね。よいご旅行を。」といって別れる。
私の好きなシーン。
輪廻転生、カルマ、マーヤー(幻影)、アートマン(真我)・・・インド思想を絡めつつ、人探しを中心に縦軸で心の闇を、横軸で貧困や差別といった「現実のインドの闇」を交差して展開する、不思議な不眠と旅の物語。
ちなみに映画化もされてて、私は小説との違和感はあまり感じなかった。暗い画面が物語にマッチして悪くない。物語のキーとなる奇形のジャイナ教預言者も誠実に演出されてるんだけど(監督もこだわったそうなんだけど)、どう捉えるかは個人の問題かな。